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夏休みは、子どもたちにとって「宿題」と向き合う時期でもあります。
では、欧米の国々でも夏休みに課題は出されているのでしょうか。
この点について、2008年から昨年までイギリスのオックスフォード大学で教授を務めた社会学者で、現在は上智大学特任教授を務める苅谷剛彦さんに、お話を伺いました。
(※2025年8月25日 朝日新聞の記事を参考に要約しています。)
夏休みと学びに格差?日本と欧米の制度の違いから見える課題
――日本と欧米の夏休み制度には、どのような違いがありますか。
苅谷教授:日本と比べて、欧米では夏休みの位置づけが大きく異なります。
たとえばアメリカでは、6月に学年が終了し、9月から新しい学年が始まります。
イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国でも同様で、夏休みは学年の切り替え期間にあたるため、担任の先生やクラスも変わるのが一般的です。
したがって、日本のように学期の途中に夏休みが挟まれる形とは制度的に異なります。
この違いは、学習の継続性にも影響を及ぼしているようです。
――欧米の小学校では、夏休みに宿題はあるのでしょうか。
苅谷教授:基本的に、欧米の小学校では夏休みの宿題は出されません。
しかし、そのことによる弊害も指摘されています。
特にアメリカでは、夏休みの間に「学習の空白」や「学力の低下」が起きるという問題が顕在化しており、深刻な教育課題となっています。
ただし、この影響はすべての子どもに同じように現れるわけではありません。
経済的に余裕のある家庭では、有料のサマーキャンプなどに子どもを参加させることができ、学校では得られない多様な学びの機会を提供しています。
その一方で、経済的な理由からそうした活動に参加できない子どもたちは、学習の機会を失いがちです。
結果として、夏休み中の経験や学力の差が積み重なり、教育格差の拡大につながっているのが現状です。
日本の夏休みの宿題、その起源と役割とは?
――日本で夏休みの宿題が行われるようになったのは、いつ頃からでしょうか。
苅谷教授:夏休みに宿題を課す取り組みは、明治時代の終わり頃から本格的に始まったとされています。
当時、夏休みの制度が広まるにつれて、子どもたちの生活リズムや学習習慣が乱れることへの懸念が高まりました。
これに対する対応として、「日記の記録」や「天候の観察」といった課題が導入されました。
学校側が、夏の間も子どもの生活をある程度コントロールする意図があったのです。
――こうした宿題は、どのような効果をもたらしているのでしょうか。
苅谷教授:日本では、学年の途中に夏休みが設けられているため、担任の教師が引き続き同じクラスを担当し、休み明けに宿題の提出状況を確認できます。
この点が、欧米とは異なる大きな特徴です。
欧米のように担任やクラスが夏の間に変わってしまう制度と比べて、日本では教育の連続性が保たれやすいと感じます。
結果として、この制度は偶然に生まれたものでありながら、非常に機能的な仕組みとなっています。
夏休み中の宿題は、子どもたちの学びや日常生活のペースを維持するうえで、有効な手段として働いているのです。
夏休みの宿題がもたらす平等と課題、現代の家庭環境に合わせた見直し
――日本型の夏休みの宿題には、どのような短所があるのでしょうか。
苅谷教授:夏休みの課題が、子どもたちの自由な時間を制限しているという指摘があります。
とくに、自由時間が多い夏休みは、経済的に余裕のある家庭にとっては、キャンプや旅行、さまざまな学習体験などの機会を得やすい一方で、そうではない家庭では、学びとは無縁の時間として過ぎてしまう可能性もあります。
そうした中で、日本のように宿題があらかじめ制度化されていることは、一定の教育的機会を均等に与えるという点では、有効に働いている面もあります。
――今後、どのような点が課題となると考えられますか。
苅谷教授:近年、日本では共働き世帯やひとり親家庭が増えており、家庭のかたちはますます多様になっています。
こうした中で、子どもの夏休みの生活をどのように支え、どのように学習の継続を確保するかという視点が、これから一層重要になっていくと考えられます。
実際、各家庭の経済的な状況によって、夏休みの過ごし方には大きな差が出ています。
海外旅行に出かけたり、学習塾に通ったりといった経験を積む子どももいれば、それが難しい子どももいます。
宿題が用意されているとはいえ、その実施環境には差があり、見方を変えれば、夏休みは子どもたちの間に格差を広げる期間でもあると言えるかもしれません。